講演会出席

2009年9月12日 (土)

個人が選ばれる時代?

先日、愛知県で住宅会社を経営されてる方のお話を聞きました。その会社は社長さんと社員さんの二人だけです。それで年間12~3棟されておられますからご立派です。最も興味を惹いたのが「見学会チラシ」でした。建物のカラー写真を数多く載せてあるのが一般的ですが、通常よりも小さめの紙の片面に、筆書きで「自分の住宅への思い」をびっしりと書かれていました。

社長さんの言葉です。「見学会では建物を自由に観ていただきます。私は家の外にいて、聞かれたことだけお答えします。来場カードは書いてもらいますが、その後の訪問は一切しません。見学会、チラシ、ホームページ、ブログ、定期ニュースなど、すべてが当社と私をお客様に知っていただくためのものです。情報を重ねることで、私という人間をより理解していただきます。その上で当社を気に入っていただいた方が、私たちのお客様です。絶対に無理はいたしません」ということでした。

斎藤一人さんも「また来ていただく商売」を説いておられます。今は誰もがたくさんの情報を集めることができます。ホームページで商品や会社を公開するだけでなく、個々人の人生観から社会観まで伝えていく、すなわち、お客様から選んでいただくのは組織ではなく個人?・・・そんな時代が来ていると、強く感じたお話でした。

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2009年9月 5日 (土)

サイクルベースあさひ・下田社長の講演会

いくつかの講演会に参加してみて、「好調な会社には3つの共通点がある」ことを実感しました。①自社の『売りもの』がはっきりしていて、お客様にもよくみえる、②お客様の要望と期待にしっかりと応えている、③自社の社員を自慢とし、とても大事にしている・・・以上です。先日この10年急成長されておられる、サイクルベースあさひの下田社長の講演を聴きました。現在、全国に200の自転車店舗を展開されておられます。

下田氏は高校を卒業後、オモチャ問屋で修業されました。22歳で独立し、門真市の駅前でオモチャ店を開店しました。大阪万博が開かれた年です。周辺は若い世代が住む住宅地で、当初はよく売れましたが、2年後にダイエーが近くにできて、とたんに売れ行きが落ちました。「お客様をじっと待つ状況が3年間続いた。やる気はあってもどうしていいかわからない。お客さんが来てくれない、自分の存在感がない、本当に辛かった」そうです。

悩みぬいた末に考えたのが自転車の商売でした。親切には自信があったので、試乗しての細かな調整、パンク修理など、1件1件の丁寧な応対で、お店は徐々に繁盛していきました。7年経って、巨大ニュータウンの千里にお店を移しましたが、競争が激しくとたんに安売り競争に巻き込まれました。「このまま競争を続けても勝てない。ならばプロショップに!」という一大決心をされました。

ロードレース用、マウンテンバイクなどの専門店です。「いちからの勉強だった。昼はお客様から学び、夜は専門書を読む・・・そんな毎日だった」とのことです。そのうち自転車の愛好家たちから「あさひは居心地のいいお店」という評判が立ち、お客様がどんどん増えていきました。10年後には、たった16坪のお店で、2億5000万円もの売り上げになっていたほどです。

ちょうどその頃、ホームセンターで大量の自転車が、安価に売り出され始めました。下田社長の「自転車は売ってそれっきり・・・という商品じゃない。乗る人の安心・安全のためにも、きちんとした品質の商品を売り、そのあとも正しい調整がいる。自転車は『環境に良く健康で安全な乗り物』という意識をもってもらいたい」という信念から、また新たな挑戦が始まりました。

再出発は100坪のお店からです。郊外の国道沿い、駐車場を完備、本格スポーツ車からママ・チャリまでの品揃え、そしてどんな要望にも親切な対応・・・早い段階から反響を呼び、お客様の手応えも十分で、毎年1店舗ずつ増やしていきました。バブルが崩壊し、大卒社員も加わるようになりました。下田社長は仕事が終わった夜、「将来はどんな会社にしていこうか?どんな仕事をしていこうか?」と、毎晩スタッフたちと語りあったそうです。そこでの話し合いがきっかけとなり、2004年にはジャスダックに上場されました。

下田社長は最後に次のように話されました。「私は商売を儲かる・儲からないで判断しない。お客様にとって正しいか・正しくないかで判断する。それらをどうやって実行していくか?・・・それが『仕事』というものである」と。若い頃、お客が来てくれなかった辛さを決して忘れることなく、経営の本質をしっかりと見極め、61歳になられた今も熱く夢を語る・・・その姿に本物の経営者像をみました。

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2009年8月31日 (月)

盲目のバイオリニスト・穴澤雄介氏の演奏と講話

倫理法人会のモーニングセミナーにて、盲目のバイオリニスト・穴澤雄介氏のミニ演奏と講話が開催されました。国際ピアノ・コンクールで優勝された辻井伸行さんの話題が記憶に新しい中、大きな関心をもって参加してきました。

壇上に立った穴澤氏はとても明るい雰囲気でした。軽快に話される言葉に前向きさも感じました。ミニ演奏では、語りかけてくるようなバイオリンの音色に感動しました。ご本人作曲の3作品、とても美しい曲ばかり、さっそくCDも買いました。

穴澤氏は生まれつき心臓病の持ち主で、大手術を3回も受けてきました。小学校時代の手術の後遺症から、その後視力がどんどん落ちていきました。中学・高校はろう学校に進みましたが、上の専門課程に進学した頃には、全盲になっていたとのことです。

楽譜はすべて点字・・・それを見ながら弾くことができないので、曲は覚えて演奏する・・・そうやって腕を磨いていったそうです。その間、ご両親の離婚、お父さんの事業の失敗などがあり、4畳半のアパート生活の中で「なんとかお金を稼がなければ・・・」と、バンドスタッフ募集を求めて歩きました。しかし目が見えないというハンディのため、仕事はなかなか見つからなかったそうです。やむをえず病院や老人ホームで頑張ったそうです。

「通常の楽譜は読めない。ならば自分で曲を作れば、わざわざ楽譜を点字につくり変える必要がない」と考え、それからは作曲活動に力を入れていきました。穴澤氏の言葉です。「恵まれない状況はチャンス。自分を強くしてくれる。人間は『これ以上落ちることができない』というくらい、どん底まで落ちると、必ず新しいアイデアが生まれてくる。それがないのはまだ落ち切っていないということ。己のマイナス面やこれまでの災いが、すべて今の自分をつくってくれた」と。

現在34歳、演奏と講演、どちらも素晴らしい方・・・今後の更なるご活躍を楽しみにしています。

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2009年8月29日 (土)

お菓子の「たこ満」・平松社長の講演会

多くの企業が自社の「経営理念」を明文化しています。当社においても、全員が毎朝それを唱和していますが、趣旨が十分浸透しているか・・・となるといささか疑問です。先日、静岡県で菓子業を営まれている「たこ満」の平松社長の講演を聴きました。自社の理念とマネジメントをバランスよくとって、素晴らしい経営をされておられます。

創業56年、20の店舗と380名の社員さん、製造直販のお菓子屋さんとしては大きな規模です。和菓子が70%、洋菓子が30%、地元の食材を生かした美味しいお菓子です。経営理念は『ひとりのお客様の満足と、ひとりの社員の幸せ』・・・お客様と社員さん、おひとりおひとりを心から大切に思う気持ちがよく伝わってきます。

35年前に、ご両親が小さなお店で商売していたところへ、現社長の平松氏が加わりました。その後社員が少しずつ増えていき、将来社員が夢をみれる会社にと『7店舗・売上5億円』という構想を打ち立てました。そして念願の2店舗目がオープンしたのですが、ひとつの店舗ではなんでもなかったコミュニケーションが滞り始めました。また自分が必死になればなるほど、社員とのギャップが大きくなっていきました。その結果、退社する人が次々と出てきたのです。「来店されたすべてのお客様に満足していただきたい」、「たこ満にいれば社員が年々幸せになれるようにしたい」、このふたつのギャップの中で悩み苦しんだ末に、今の経営理念が生まれたとのことです。

それからというもの、全社員にたくさんのメッセージを送り始めました。まず毎日社長が書く「デイリーニュース」です。全員から届く日報からいくつか話題を拾って、社長がコメントを加えます。B4の紙に手書きの文字がぎっしり埋まっていました。それから経営における自分の考えを明示した「社長通信」。さらに社員の家族の誕生日に、お菓子がプレゼントされますが、必ず社長直筆のバースデイカードが入っています。その他にも、多くのメッセージが送られています。注目すべきなのは、これらのことを20数年続けられていることです。

平松社長は次のように言われます。「経営理念はお客様と社員さんのためにあります。社員の言葉、態度、行動を通して、お店の思いがお客様に伝わります。だからマネジメントも将来ビジョンも、すべてが理念に基づいたものでなければならないのです」と。変化が激しい今の時代においても、絶対にぶれることのない経営理念・・・大きな感動と多くの学びをいただきました。ありがとうございます。

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2009年8月18日 (火)

東京のエコリフォーム・塩谷社長の講演会

7月14日掲載の『斎藤一人氏・心の時代』に、氏の言葉として次の文章を書かせていただきました。「商売がうまくいっていないということは、誰もそのお店を必要としていないんだ。なのにその人たちは、どこかにお客さんがいないか?・・・と懸命にお客探しをしている。本来商売というものは、お客の方から来てくれるものだ。『こんなお店をさがしていた、こんな商品をさがしていた、あなたみたいな人をさがしていた』・・・

建設会社でまさに理想といえる会社がありました。東京23区において住まいの増改築をされてます「エコリフォーム」さんです。グループ代表のご主人さんと、エコリフォーム代表の奥さんのお二人の講演会に参加してきました。

㈱エコリフォームは、創業40年の塩谷住宅建築㈱からリフォーム専門会社として、平成16年に独立した会社です。グループの年商は2億円、社員数は5名、工事単価の平均は500万円とのことです。以前までは関東4県をエリアにして、新築から増改築まで幅広く営業されていました。現在は東京23区だけに絞り、中古住宅やマンションなど、大規模リフォームや再生工事を得意とされておられます。理念は「安全で安心、快適で安らげる住空間をつくり、私たちに関わるすべての人を幸せにします」・・・ホームページを拝見しますと、お客様のご要望に親身になって対応されてるご様子が、よく伝わります。

10年ほど前は、リフォーム業界の広告は「チラシ」が常識でした。塩谷氏は当時を振り返り、「自分たちにはチラシを使う予算がなかった。誰もがホームページでは難しいと言った。だから逆に、(もしかしてできるのでは?・・・)と思った」とのことです。スタート時点から同業他社と差別化できてた訳ですね。

10年以上経った今も、広告はホームページだけです。ただし歴史を刻んだ分、大きな進化をされてきました。すべてご自分たちの手作りです。プロが見て、「真似できない!」と言われます。中古住宅、マンション、リフォーム、東京・・などで検索しますと、トップスリーにグループ会社が必ず入ります。アクセスは1日2300件余り、問い合わせは月に約40件・・・とてもすごい数字です。

塩谷氏の言葉です。「当社のホームページはみなさんのお店と同じです。毎日お店を掃除し整頓するように、私たちも日々の整頓と飾り付けを欠かしません。常にお客様が求めている言葉や内容を吟味しています。だから私たちのホームページは毎日変わり続けています」と。考えてみますと、高度情報化社会においては至極当然のことですね。

講演会の最後に「将来のビジョン」について質問させていただきました。塩谷氏から次のようなお答えをいただきました。「私たちは、会社を大きくしたいという思いはまったくありません。ただ、私たちを必要とするお客様にはいいお仕事をする。住まれてから何年経っても『工事してよかった!』と言っていただける・・・その理想をずっと追求していければ、私たちは最高に幸せです!」と。本当に素晴らしいご講演をありがとうございました。

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2009年8月 2日 (日)

ゲンキー・藤永社長の講演会

先日、ランチェスター戦略勉強会の一環で、ドラッグストアーチェーン・ゲンキーの藤永賢一社長の講演会が開催されました。講演は「競争相手は私たちと同業のお店ではありません。世の中の変化、消費者の志向の変化が、真の競争相手なんです」という話から始まりました。

藤永氏は大学卒業後、25歳の若さで1号店を出店されました。その20年後の今では59店舗にのぼり、年商は327億円余りという素晴らしい実績です。内訳は福井県に33店舗、石川県に6店舗、岐阜県に15店舗、そして愛知県に5店舗です。福井県での1位を守りつつ、岐阜県でもナンバーワンを目指しておられます。

氏の話をまとめますと、「マスコミや世間の情報に惑わされてはいけない。大事なことは『顧客の価値観』である。人は飽きる性質を持っている。だから常に新しい刺激を求める。~お客様との『接点』への集中~チャレンジの『連続』・・・これまでの成功を否定することから、新しいチャレンジが生まれる。さらに、お客様のためになっているか?、押しつけになっていないか?・・・など、自社をいつも客観視できていなければならない」、概ねこのような内容でした。

現在ゲンキーの社内には、社長を中心したランチェスター研究会があります。藤永氏は「ランチェスター戦略の弱者の論理は、松下幸之助氏の説かれた『素直な心』に通じている」と言われます。「だからトヨタさんや松下さんも、今は弱者の論理で経営しなければならないのだ」と。まだまだお若い藤永社長さん、更なるご発展をお祈りいたします。

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2009年7月12日 (日)

建設業の原理・原則

『当社から買っていただいたお客様がずっと喜んでくれている・・・だからこそ、この地域で商売を続けることができている』・・・実に当たり前のことです。なのにどうして、地域密着の典型と言える建設業において、今もなお地元企業の倒産が続いているのでしょうか?

大工の丁稚奉公から独立して37年、「お客様の喜び」をしっかりと貫いてこられた会社があります。愛知県豊田市のアンシン建設工業さんです。先月、そこの原田社長さんの講演会に参加してきました。とても素晴らしいお話でした。

会社は豊田市の西側の端にあります。自分の商圏を半径9キロと決めておられます。車で片道15分の距離です。そのエリアの戸数は3万件です。1例ですが、会社のある町は1008軒、そのうちの250軒がお客様・・・なんと25%のシェア、すごい数字です。「仕事は隣にあります。何かあったらすぐに行けます。そして何でも対応できます」と、原田氏は簡単におっしゃいます。

年間に約35棟の注文があり、坪単価は70万円ほどの家が多いそうです。半分以上がお客様のご紹介で、その他は見学会とモデルハウスの来場です。原田氏は次のように言われます。「お客様はご自分の命を担保に『家族の幸福の城』を造られるのです。一緒に幸せを築き育む気持ちが第一です。それがあればクレームも親切に変わります」と。さらに「工事現場がきれいなことは当たり前です。お客様はもちろんのこと、近所の方々のためにもそうでなくてはなりません。始業前、休憩前、終業後の1日5回の清掃を義務付けております」と。きっと日々の心配りが、多くの紹介を生む土壌になっているのでしょう。

会社には社員さんのために専属の食堂があります。1食300円だそうです。仕事場が近いので、全員が会社に戻って昼食をとります。栄養バランスのとれた食事は、社員のご家族からも喜ばれています。12時から14時の2時間、そこで多くの情報が飛び交います。お客様のこと、社員のことなど・・・だから社長も毎日そこで食べます。まさに事業の基地として理想です。うらやましいですね。

もう一度原田氏の言葉を紹介します。「工務店の基本は『地域密着』と『顧客満足』にあると考えます。至極、当たり前でありきたりな言葉かもしれません。されど、当たり前のことを当たり前に、どこまでも基本に忠実に仕事をすることが、結局はお客様のためになることを、私は45年の家づくり人生の中で学びました。まずお客様のお役に立つこと、地域に貢献すること、メリットを与えること、その義務を果たしてこそ、『利益という名のお礼をいただける』、そう考えているからこそ、仕事に誇りを持ち続けていられるのです」と。

『建設業の原理・原則』を教えてくれたような・・・とても価値のある講演会でした。

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2009年7月 1日 (水)

五日市剛氏・講演会

先日金沢で、五日市(いつかいち)剛(つよし)氏の講演会が開かれました。講演のタイトルが、なんと『ツキを呼ぶ魔法の言葉』です。まさに興味をそそる言葉ですよね、迷わず参加してきました。

五日市氏は大学時代、1ヶ月間イスラエルに一人旅されました。クリスマスの夕方ハイファという港町に着いて、ホテルを探したけれど全部閉まっていました。困り果てていたところへ、ひとりのおばあさんが現われました。「どうしたの?顔色が悪いけど・・・」「日本から来たんですが、泊るところがないんです」「よかったら私の家へどうぞ」・・・そんなこんなで、氏は彼女の家に泊まることになったのです。

夕食の後、おばあさんと二人きりで話をしていたとき、彼女がこんな話をしました。「五日市さん、ツキを呼ぶ魔法の言葉があるのよ」「本当ですか?どんな言葉ですか?」「すご~く簡単な、単純な言葉よ」「何、なに?教えてくださいよ」「いいわよ。誰でもよく使う言葉なんだけど、二つあってね・・・」

その二つというのが「ありがとう」と「感謝します」、確かに月並みな言葉です。でもその使い方が、ちょっと普通と違うのです。

「ありがとう」は何かイヤなことがあったとき・・・例えば朝寝坊をして遅刻しそうになる、そんなとき「寝坊してしまって~ありがとう!」といったようにです。イヤなことが起こるとイヤなことを考える、そうするとまたイヤなことが起こる、そこで「ありがとう」と言うと、不幸の鎖が切れて、逆に良いことが起こる・・・らしいのです。

「感謝します」は何か良いことがあったとき・・・例えばイベントなどで「明日はなんとか晴れてほしい」、そして実際に晴れたら「今日は晴れてくれて~感謝します!」・・・です。さらに、たとえ未来のことであっても、「○○になれて~感謝します!」と言うと、本当にそうなるというのです。これは不思議ですよね。

講演では、五日市さんの教えを守って、現実に運を呼び寄せている実例を、いくつか紹介されました。「まるで奇跡!」というようなお話もありました。講演が終わって買い求めた「小冊子」には、「松下幸之助氏も斎藤一人氏も、同じように通じる内容である」と書かれていました。

プラスの言葉(言霊)はプラスを呼び寄せ、マイナスの言葉(言霊)はマイナスを呼び寄せる・・・これはおそらく宇宙の真理でしょう。世間はまだまだ厳しいですが、社内をプラスの言葉でいっぱいにして、大きな運を呼び寄せたいと思います。

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2009年4月14日 (火)

究極の企画書づくり

昨日、所属している会で「A4・1枚!~究極の企画書づくり!」という勉強会が開催されました。タイトルに惹かれて、当社社員17名も一緒に参加しました。

講師は富田眞司氏です。名古屋大学ご卒業後、8つの会社を遍歴され、広告・販促・企画をひと筋に、40年間実戦で活躍されました。そして61歳でCSN企画を設立され、豊富な経験を生かし、講演、執筆、コンサル活動などを行っておられます。

今回は「企画書には基本ルールが存在する」ということを初めて知りました。これまでに数多くの企画書と出会っていますが、まさに「目からウロコ」でした。それは企画書の3要素と、作成における7つのステップです。

3要素は、①課題発見→②基本戦略→③解決策展開、この流れのことです。7つのステップは、①現状分析→②問題点と課題→③目的の明確化→④対象を設定→⑤解決手段→⑥実施方法→⑦コストと効果、以上の順番です。

また企画書は次のようなことが求められます。シンプル、美しさ、起承転結、明確性、一貫性、論理性、ドラマチック、説得力、などなど・・・それらのことをA4・1枚で表現する訳ですから、そこに描かれたものは相当深く練り上げられています。

富田講師は最後に、「大事なことは常に問題意識を持つこと。好奇心が旺盛であること」と言われました。現在68歳、自らも実戦で企画書を作成し、若い人たちを養成し、講演で全国を回り、多くの指導書の発刊を続けておられる・・・企画書についての勉強に加え、「経営者の生き方」も同時に学ばさせていただきました。

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2009年3月19日 (木)

ランチェスター・弱者の戦略

ある日、会社に「第4回北陸ランチェスター実践交流会」というダイレクトメールが届きました。「北陸No.1のメロンパン販売~○○社長の講演会・・・」という内容でした。チラシは私の重く疲れた心をつかみました。タイトルにも強く惹かれました。そして案の定・・・講演会では大きな感動もいただきました。

ランチェスターの経営理論では、「弱者は商品・地域・客層で1位を目指す」・・・といわれます。この社長もその論理を忠実に実践されておられました。「私は過去に大きな失敗をしました。そのときは知らず知らずに、自分が強者になっていたんですね。だから私にとってこの弱者の戦略は、実は敗者復活の戦略なんですよ」と話しておられました。

交流会では、ランチェスターを勉強しているたくさんの人にお会いました。「1年前から勉強と実践を繰り返してきて、今では事業に不安がなくなりました」という方もいました。私は決意しました。「今一度、ランチェスターをしっかりと勉強し、当社に確かな戦略を組み入れる。そして事業を必ず成功させる」・・・自信と勇気を与えてくれた講演会でした。

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2008年7月 6日 (日)

木野親之氏・講演会(1)

松下幸之助の愛弟子だった「木野親之氏」の講演会に参加しました。木野さんは1926年(昭和元年)生まれで、現在82歳です。昨年3月に参加した講演会の「童門冬二氏」が80歳でしたから、木野さんはこれまでの講師・最年長ということになります。生き生きと始終笑顔でお話される姿が、とても印象的でした。前半は松下幸之助の経営について・・・そして後半はご自分の体験を話されました。

講演は次の言葉から始まりました。「かつてない難局は、かつてない発展の基礎となる。今まさに、好機来たれリ!」と。「えっ!何で・・?」と思っているところへ、「幸之助は『好況よし。不況なおよし』とよく話してました。その実例を紹介します」と続きました。以下の内容です。

~松下幸之助が独立したのは22歳のときです。それから10年経った昭和2年、金融恐慌が勃発しました。日本経済も大打撃を受け、なんと松下電器のメイン銀行が倒産するという悲劇が起こりました。幸之助32歳のときです。まず、取引のなかった住友銀行から、なんと融資を取り付けました。そして販売店や社員に月刊誌を出し、取引業者には月報を送り、自信ある意志を伝え続けました。新聞広告も打ち、新製品のスーパーアイロンで勝負に出て、のちに大成功を収めました。

間をおくことなく2年後、今度は世界恐慌が押し寄せました。幸之助は社員の解雇をいっさいしなかったのです。生産を半日稼動とし、販売員には休日返上で在庫を売らせました。意気に感じた社員たちが頑張り、ストックはなんと2ヶ月でなくなりました。その後は再びフル生産です。同時に経営理念の策定、新工場の建設、電気ゴタツの新規事業を開始するという、積極姿勢でそのときも乗り越えました。

それからのち、昭和7年から松下電器は輸出を始め、大企業へと発展していきました~ということです。「かつてない難局は、かつてない発展の基礎となる」・・・「好況よし。不況なおよし」・・・ご理解いただけましたでしょうか?

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木野親之氏・講演会(2)

さて後半は、いよいよご自分が実際に体験されたお話です。

木野さんは松下電器にお勤めでした。35歳のとき、幸之助から「東方電機へ社長となって行きなさい」と言われたのです。東方電気はFAXの前身みたいな機械を造っていました。当時としては非常に珍しい技術です。そこの会社が経営危機に陥り、松下電器が会社の再生に挑みました。その白羽の矢が木野さんに当たった訳です。

当時の東方電機(後に松下電送となり、現在はパナソニック・コミュニケーションズ)は、売上高が800万円、経費が1000万円という状態でした。誰が考えても採算割れを越えています。当然給料も払えず、仕入れも未払いが溜まっていました。木野氏さんは「お断わり」を申し出ましたが、幸之助の「黙って行け。君ならできる」という言葉で、ついに決意をされたそうです。

製品の販売先は、新聞社や特殊な通信会社だけでした。当時の日本には数えるほどしかありません。木野さんは苦心の末、ようやく複写機の製造を考え出しました。そして事業計画書を作り、幸之助のもとへと訪れました。ところが幸之助の返事は、「君なぁ~人力車を知ってるやろ?自動車も飛行機もあるのに、人力車はまだちゃんと走っとる・・・」というものでした。

困り果てた木野さんは、悩みぬいた末に腹をくくりました。会社に戻り、期待する社員を前に、「案はない」と正直に伝えました。するとどこともなく、「社長!頑張ってください」「一緒に頑張りましょう!」という声が聞こえてきたのです。木野さん「そうだ。800万円売れてるじゃないか」と思い直し、今度は世界に向かって挑戦を始めました。それからというもの、社員は無給で働き、仕入れ業者も支払いなしで部品を納めてくれました。そしてついに、世界NO1のシェアを勝ち取ったということです。

松下幸之助の発想は私たちの常識を超えています。聞きしに勝る凄い方です。ただ、このときの二人の葛藤が、のちに大きな成功を歴史に刻みました。木野さんは講演の最後を、次の言葉で結ばれました。「悩みが大きければ大きいほど、そのあとの成功は大きい。今いるところで歴史をつくれ。悩みをつきつめていくと、そこには必ず成功と感謝が生まれる・・・」と。勇気の出る力強いお話を、どうもありがとうございます。

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2008年7月 2日 (水)

第3次オイルショック

ユーミー安全大会では、式典のあと講演会が開かれました。講師は福井県のフリージャーナリストの「坪川常春氏」です。この方の講演は3回目ですが、世情について辛口で斬っていくお話はいつも痛快です。今回は「波乱の時代」というタイトルでした。

坪川氏は次のように話されました。「1年前の原油価格は1バレル50ドルだった。それが近い将来200ドルまでいくと言われている。なんと4倍である。さらにバイオ燃料への注目が、とうもろこしや小麦などの、穀物の高騰に拍車をかけている。今後すべてのものが値上がりする。日本国内では、売値は下がり仕入れは上がる。まさに経済危機だ」・・・と。

1973年から起こった「第1次オイルショック」のときも、確か、1バレルが3ドルから12ドルにハネ上がったはずです。今回と同じ4倍です。その時代はトイレットペーパー騒動が起こり、エスカレーターの運転中止、深夜放送の禁止、ガソリンスタンドの日曜休業などが行われました。また構造不況業種を縮小させて、成長分野に資源を振り向けるという政策もとられました。

・・・続く1978年の「第2次オイルショック」から30年、まさに「第3次オイルショック」が到来したと言われています。不況業種の建設業界はいったいどうなるのでしょうか?・・・講師の坪川氏は「どう発想を変えるか?チャンスは必ずある。ヒントはサービス業。どこにマーケットがあるか?誰にサービスを売るか?・・・そこの方針をしっかりと見極めることが大事である」と述べられました。

2回のオイルショックを経て、1980年に日本で初めて、建築における「省エネルギー基準」ができました。その後「新省エネ基準」に改定され、現在は「次世代省エネルギー基準」が、建物性能のものさしに使われています。当社の得意とするところは、住宅やマンション、事務所、工場にいたる「建築の省エネ化」です。今後に向けて、更なる研究開発を続けていきたいと思います。

・・・追伸:講演でもうひとつ興味深い話がありました。「世界中で現在躍進している国々・・・中国、ロシア、インド、ブラジル・・・いろいろあるが、私は最も成長する国はインドだと思う。理由は、まずゼロを発見した国、数学レベルが非常に高い。それから言語が英語であること」・・・とても面白い視点です。小学校からの英語教育はいいことかもしれませんね!(^_-)

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2008年4月19日 (土)

てっぺん講演会(その2)

「日本一元気な居酒屋・てっぺん」が順調に成長を遂げている頃、ある先輩社長から明治維新の志士たちが写った「1枚の写真」をプレゼントされました。(彼らは20代の若さで日本のために命を懸けた。しかし今のオレは自分のことしか考えていない。何のための日本一なのか???、坂本竜馬が今生きていたらどう考えるだろうか?、彼らはなんとカッコいいのか?、オレもこの人たちのようになりたい!)・・・そうして大嶋氏は歴史の勉強を始めたそうです。

「飲食業を熱くしたい!みんなが元気になる業界にしたい!居酒屋から日本を元気にする!」そんな念いから、彼は「居酒屋維新」と命名し、NPO法人「居酒屋甲子園」を設立されました。「『居酒屋甲子園』においては、メンバーはライバルではなく、共に学び共に栄える仲間です。全国から代表して6店舗が選ばれます。その人たちが5000人の前でプレゼンテーションをします。参加した皆さんが熱い彼らを観て、いろんなことに気づいてほしい。そして将来は世界中の人にも見てほしい。できれば子供たちにも。大人はカッコいいよ!って。飲食業は熱い人ばかりだよ!って」

大嶋氏が言われるように、確かに上司が元気に笑顔で頑張っていると、部下は「楽しそうだ。面白そうだ」と感じます。上司が疲れた姿で大変そうに仕事していて、どうして部下が仕事に燃えたり、(あの人のようになりたい)と思うでしょうか?社長が暗くて辛そうだったら、果たして社員は(社長についていきたい)と思うでしょうか?・・・否!いつも笑顔で、元気で、輝いている・・・そんな上司や社長をみて、社員も元気になり笑顔で頑張れるのではないでしょうか?

最後にこの講演会で最も印象的だった言葉で終わりたいと思います。元気な日本に希望をもって・・・

【大人が変われば子供が変わる。子供が変われば未来が変わる。ひとりでも変わればまわりが変わる。うまくいく人とうまくいかない人の差は、自分を信じる力の差である。誰もが辛かったり苦労したりする。でもその積み上げがあるから、より人は大きく輝く。まわりに感謝し、自分を信じて、熱い気持ちで、元気に輝いて行こう!】

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2008年4月18日 (金)

てっぺん講演会(その1)

居酒屋「てっぺん」、創業社長の大嶋啓介氏の講演会に行ってきました。「どうすれば人は輝くのか!~人が輝けば、店が輝く、輝いている店には人が集まる~」というテーマでした。感動的なオープニング映像から元気な講演へと~「熱い2時間」が始まりました。

映像では、まず「居酒屋てっぺん」の朝礼風景が映し出されました。スタッフ全員が若いです。声が半端でなく大きくて、みんな元気です。彼らの笑顔と目の輝きに圧倒されました。その後、お店で問題が起きる場面、ハワイの研修旅行で夢を語る場面、店長を決定する立候補のプレゼンテーション・・・などなど、本気、チームワーク、涙、感動が伝わってきました。

大嶋啓介氏は三重県生まれの34歳です。若い頃から名古屋で、ある居酒屋の店長をしていました。24歳のときに、食べたものはいつも吐いてしまい、39度の熱が3週間続き、ついでにイボ痔まで・・・それからの半年間は「ひきこもり」になっていったそうです。うつ病でした。店舗をまとめられず、スタッフから裏切られ、自信喪失・・・生まれて初めて孤独を感じ「生きていたくない」という状態でした。

あるきっかけで可能思考研修に参加されました。そこから彼の人生が一変しました。「それまでは、自分が欲しいものは自信や勇気だと思っていた。でも本当に欲しいものは仲間だった。熱く燃える仲間・・・それまで大人社会には熱いチームはできないと思っていた。熱い仲間が集まる『日本一のチーム』をつくりたい!よし、オレはつくる!その時決心した!」~とのことです。それからいよいよ「日本一元気な居酒屋・てっぺん」がスタートしていきました。

私があることで悩んでいたとき、「ものすごく素晴らしい講演会がある!」と友人が今回の情報をくれました。待ち望んでいた大嶋啓介氏との出会い・・・2時間がずっと笑顔で、ずっと元気に輝いている・・・じっくりと観察させていただきました。そして私自身に大きな感動と強いエネルギーを与えてくれました。「クロダハウスを熱いチームに!」・・・新しいテーマができました。

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2008年4月16日 (水)

ランチェスター講演会

昨夜はランチェスター経営・代表の竹田陽一先生の講演を拝聴しました。1年前から竹田先生が書かれた「本」を数冊読んできました。とてもわかりやすく理屈がしっかり通っています。(なんとか先生のご講演を聞けないかなぁ・・・)と考えていたとき、「金沢で講演会が開かれる」との情報を知りました。それで私はこの日をずっと待ちわびていた次第です。

そもそもランチェスター戦略は、イギリス人のF・W・ランチェスターが第一次大戦の戦闘を視て、ある一定の法則を発見したところが始まりです。一般に「ランチェスターの法則」といわれます。その後アメリカでこの法則がさらに研究され、軍事戦略としてのランチェスター戦略が作られ、太平洋戦争において多大な成果を収めました。戦後になって、日本で販売におけるランチェスター戦略が構築され、科学的かつ実戦的な販売戦略・マーケティング戦略へと育っていったのです。

ランチェスター戦略には「強者の戦略」と「弱者の戦略」があります。竹田先生の書物はすべて「弱者の戦略」について書かれています。先生は45歳のときに経営コンサルタントとして独立され、東京ではなく地方(福岡市)を拠点に、全国の会社の経営指導をされておられます。昨夜初めてお聞きしたのですが現在70歳、それでも講義の内容は日本の『今』の状況を数字をもとにご説明されます。話のすべてがまさに鮮度抜群!生き生き!としてました。

先生が言われるには世界で最も古い経営コンサルタントは、日本人の「伊原西鶴」だそうです。『好色一代男』 で有名な江戸時代の浮世草子・人形浄瑠璃の作者です。西鶴の指導は「上策は人のしないことを普通にすること。誰でもできることを懸命に頑張るのは中策、誰でもできることを普通にするのは下策・・・」なんだそうです。つまり最もいい方策とは「人のしないことを一生懸命努力すること」・・・それが答えなんだそうです。

今の時代でいう「オンリーワン経営」ですね。そして竹田先生のお話は「ナンバーワン経営」へと進んでいきます。ナンバーワンの会社には「4つのプレゼント」があるそうです。「販売がしやすくなる。経費が安くつく。紹介が多くなる。他社からお客が流れてくる」・・・です。また「お客様がお店や商品を選ぶ。その権利は100%お客様が持っていて企業側にはゼロである。だから会社経営は『お客様づくりと商品研究に80%』を使いなさい」と話されました。

現代は大手企業も世界で生き残りをかけて懸命に努力している・・・いわんや全国に288万社ある中小企業・・・その中でお客様に選ばれる『人』や『商品』でなければならない・・・竹田先生は「会社経営は社長の性格が大きく影響する」と何度も言われました。私自身は性格がいいのか悪いのかわかりません。多分「自分の長所を伸ばせ!」ということでしょうか。これからいろんな方に聞いていこうと思います。

・・・追伸:自分の長所を教えてもらう・・・「夢をかなえるゾウ」にも同じことが書いてありました。どうかご協力をよろしくお願いいたします!<(_ _)>

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2008年3月28日 (金)

運命の講演会

~まず初めに、私のブログが2月16日から40日間も空いてしまったことを、深くお詫びいたします~

今月51歳になりました。社長に就任したのが平成11年5月ですから、やがて9年が経とうとしています。これまで会社は順調な成長を続けてきました。昨年の後半あたりから世の中が厳しくなってきましたが、当社も例外なく成長にブレーキがかかりました。社長になって初めて「孤独」というものを味わいました。実に大きな試練です。

先日、ある地元優良企業の経営者のお話を聞く機会を得ました。まさに「運命の講演会」です。最後は涙に濡れました。気分が相当滅入っている反面、心は謙虚に澄んでいました。砂浜に海水が浸み込むように、講演の内容が自分の中にどんどん注ぎ込まれていきました。

講演で特に印象的だったお話です。「事業経営には業種や景気は関係ない。98%が社長の心で決まる」・・・「経営とは絶対にゆらがないトップの理念と使命感、そして理想に向かう情熱の大きさである」・・・さらに「逆境こそが経営者をつくる。大いなる変革のチャンスである」・・・と。講演された方は売上高が30数億円に対して、30億円近い資本金を持つ会社の社長です。これほど安定した会社なのに「日々の経営はまるで薄氷の上を歩くようなものだ」と話しておられました。

この講演は私にたくさんのプレゼントをくれました。「黒田君、おめでとう!君もいよいよ一人前の社長になるんだね!」・・・そのように言ってくれたような気がします。

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2008年1月31日 (木)

変人経営

今週、岡山でブライダル事業をされてる(有)マグリット社長の羽原俊秀氏の講演をお聞きしました。当日参加するまでは、「変人経営」というタイトルが異色に感じていました。講演の最初に羽原氏は「変人経営です。変態ではありません」と言われてましたが、お話を聞いていくうちにその心意気が理解できていきました。

広辞苑で「変人」とひくと「一風変わった人。変わり者」と出てきます。羽原氏の考えは「変人とは、自分・会社・世の中・流れ・見方・価値観・常識などを変えられる人」・・・なんだそうです。歴史上の人物で、坂本竜馬や本田宗一郎、トーマス・エジソンやウォルト・ディズニーなどの名前を挙げておられました。確かに彼らは変人と言われましたが、のちに世の中に大きく貢献された方々ばかりです。

羽原氏は1962年生まれの46歳です。19年前に祖父の代から続く「老舗旅館・石山花壇」に入社され、そこから苦難の経営再建が始まりました。当時の状態です。12億円もの大きな借金、債務超過4億5000万円、老朽化した建物、平均年齢56歳という封建体質・・・などなど。その中で必死で頑張ったものの、後に阪神大震災~交通遮断による観光客の激減、メイン銀行・サブ銀行の相次ぐ破綻などの追い討ちを受け、最悪の状況に陥っていきました。

ある時、羽原氏は「まだ世間ではあまりない、本格的なウェディングを始めたい」と思い立ちました。周囲からは猛烈な反対です。それでも己を信じて挑戦していきました。当然のことですが、資金はないから会場は畳敷きの大広間・・・設営、備品、演出のすべてが手づくりでした。しかしそこには羽原社長と一部の社員の「夢と勇気と情熱」がありました。そして彼らの「まごころ」が本物のサービスとなって、お客様の口コミで広がっていったのです。

初年度の結婚式の売上は370万円、20組すらありませんでした。ところがそれから加速度的に成長を始めたのです。現在では年間350組に伸び、売上もなんと当初の216倍、8億円へと成長しました。専門家に言わせるとまさに“奇跡”だそうです。岡山ではブライダルの最後発でしたが、今では競合50社の中で顧客満足度・第1位とのことです。さらに自社の再建にとどまらず、全国のホテルや式場の「企業再生」を、広く手がけておられます。

経営理念は『グッド・インパクト!』・・・【思わずすごい!と言ってしまうような衝撃的で価値のあること】・・・という意味だそうです。しっかりとイメージできる素晴らしい理念です。また商品理念は『本物であり続ける』・・・【本質を踏まえ、常識を変え、ウソはなく、長期的であり、革新的であり、本物のパーティー文化を創る】・・・まさに次々とすごい商品が生まれそうですね。

最後にマグリットの変人経営3ヶ条を紹介します。
1.誰もが思う「当たり前のこと」を、別の角度から真剣に取り組む
1.誰もがやらなかった「前例のないこと」に本気で挑戦する
1.誰もがあきらめていることに正面から体当たりする
以上です。

羽原社長は先月12月に、「マグリット岡山」に続く未来戦略の第一弾として、直営店「ディスティーノ金沢」をオープンされました。講演の中で映像を紹介していただきましたが、とても進歩的なデザインの建物になっていました。どんな「グッド・インパクト!」が演出されるのか?・・・将来訪れるであろう機会を楽しみにしています。

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2008年1月17日 (木)

講演1(岡野雅行氏)

昨日から今日、東京で開催された経営者セミナーに参加してきました。内容は6名の方々の講演が中心でした。皆さん素晴らしいご講演をされましたが、中でもトップバッターの「岡野雅行氏」とオオトリの「島田洋七氏」が圧巻でした。今回のセミナーのテーマです。「人に歴史あり~不可能を可能にする~今年こそチャレンジの時」・・・

岡野雅行さんのご講演はまさしくテーマにぴったりの内容でした。私は詳しく知らなかったのですが、話題の「痛くない注射針」を開発した町工場の社長さんです。プロの「江戸っ子落語」を思わせるほど話がうまいのです。私たちにはとても内容のある話なんですが、1時間半の間何度も笑わされました。

岡野工業株式会社は社員数6名、残業はしない、夕方は5時で終わり、というのです。それでも去年は1億3000万円の納税をされたそうです。「え~!どうして~?」・・・羨ましく理想的な経営です。商売をしてきてこのかた、人ができることはしたことがない、営業をしたことがない、お金に困ったことがない、とのことでした。

以前からお父さんが金型工場をされていました。「自分はプレスもしたい。しかしそうすることで、これまでのお客様がライバルになる。迷惑がかかるということで反対された。それじゃあお客さんがしないことだけをすりゃあいい」ということで、誰もできないことだけをやってきたそうです。「世の中はおもしれぇ~。どんな先端技術やITをもってしてでもできねぇことを、アナログのオレができちゃうんだから・・・ハハハ」

岡野さんと一流企業とのやりとりの一例です。~「オレのところへはどこもできねぇことだけ言ってくる。聞いてみるとできそうだ。『見積もってほしい』と言われ、3000万円ぐれぇかかりそうだから『1億円』と答える。変な顔をして帰るが、1週間もすると電話がかかってくるんだよ。『会社の稟議が下りました』ってね。干されても恐くねぇから言えるんだよな」~

痛くない注射針の開発は蚊がヒントでした。先端が0.2ミリ、根元が0.3ミリという形で、従来のように極細パイプを切断する方法では絶対に造れなかったのです。そこで岡野さんは考えました。「極薄のステンレス板を丸めて接着すりゃあいい」と。そして見事、痛くない注射針が完成しました。この成功により、毎日注射を打たなければならない患者さんが、その痛みから救われることになりました。

岡野さんは「自分は発明者だけでいい、特許はメーカーさんに取っていただいた」というのです。「周りの人たちが、これまでたくさんの特許を取ってきたが、その後ろくな事がねぇ~」というのが理由だそうですが、でももったいない話ですよね。

最後に一番印象的だったのが「とても若い!」ということです。現在75歳、私からすると25歳も年上です。でも声は大きいし目の輝きが違う、身体からすごいエネルギーとオーラが出ていました。チャレンジ精神は今もなお絶好調みたいです。私を含め、今の若い人たちが大いに見習わなければならないと感じました。

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講演2(島田洋七氏)

島田洋七さんの講演をついに聞きました。想像してた以上に大きな感動をもらいました。笑いあり涙ありの1時間半でした。やはり生ステージは良かったです。プロはすごいです。

講演では、本には載ってないいろんな話を聞けました。B&B時代、そのあとの落ち込みの時代、そして今のフィーバー・・・それらを通して、ビートたけしさん、奥さま、お母さま、そしてがばいばあちゃんが随所に登場しました。

今回は新春セミナーということで、特別に「がばいばあちゃんの次回映画作品」のクライマックス・シーンの話をしてくれました。それが何かを言ってしまうと楽しみがなくなるので、映画の上映を期待してほしいと思います。

考えてみると島田洋七さんをステージで観たのは初めてです。第一印象は「とにかく元気でパワフル」ということでした。彼は今の日本を、次のように憂いておられました。

~日本人はもっと笑って生きなあかん。アホでも元気に生きとるといいことがある。賢そうにしとるから疲れる。ニートも信じられん。家におってどうして道が開ける?外に出なあかん。働けばお金も友達も信頼もついてくる。政治家もアホが多い。今の日本を築いてきた70代、80代の人たちの声をもっと聞かなあかん。若ければいいというのは間違うとる。一度国会を変えるといい。例えば議事堂の色を変えるとか・・・ハハハ~

経営者セミナーのテーマは「不可能を可能にする・・・」でした。ある人ががばいばあちゃん本人に聞いたそうです。「どうしておばあちゃんはいつも前向き(プラス思考)なんですか?」と。するとおばあちゃんは次のように答えたそうです。「後を向いて歩くのは難しい~歩くときは前を向いた方が楽ばい!」・・・本当に素晴らしい講演でした。たくさんの元気と感動をもらって金沢に帰りました。

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2007年3月13日 (火)

童門冬二氏・講演会

昨日、福井で「童門冬二氏」の講演を初めて聞きました。私の最も好きな作家であり、読んだ書物は20冊を有に超えています。氏の小説は戦国から明治まで、また武将から商人まで巾が広いので、その時代背景もよくわかります。最も有名な「上杉鷹山」は、政界・官界・財界と幅広く親しまれています。

東京都庁に30年勤務された後、小説家になられ、現在なんと80歳!!すこぶるお元気でした。ユーモアたっぷりに、福井ゆかりの歴史背景をまじえながら、私たち地方の企業が今なにをしなければならないか・・・しっかりと示してくれました。

氏が言われるには、グローカルな企業になること・・・グローバルに(国際的な視点で)、ナショナリティに(日本を考えて)、ローカルに(地域において)、自社はいったい何ができるのか?・・・それをしっかり踏まえて事業経営をして欲しいと。

国際社会における日本、明治維新に似た今の時代・・・時の福井藩主・松平慶永、その近臣の橋本佐内、横井小楠、三岡八郎たちのように、一地方にもやらなければならないことはたくさんある、皆さん!大いに頑張ってください!・・・未来に大きな希望と勇気を与えてくれた講演会でした。

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2006年5月27日 (土)

堀之内九一郎氏講演会

先日、堀之内九一郎氏の講演会を聞く機会がありました.テレビ「マネーの虎」に出演されており、ホームレスから100億円企業を創った異色の経営者として有名な方だそうです。現在浜松を本社に「総合リサイクルショップ生活倉庫」を直営44店、FC189店を全国に展開されておられます。

講演の中で特に印象に残ったのは「成功するためには、何を損して何を得するか?を明確に持つこと」というものです。「人間みな楽して得することを考える。しかしお金も時間も同時に得する~なんてことありはしない。例えばお金で得するなら時間(余暇)で損する。時間で得したいならお金(給与)は損するしかない。そこで自分の人生をどのように考えるか・・」ということです。これは本質をついたお話でした。

堀之内氏が「ゴミ拾いをして、人間一皮むけばみな同じ~ということを知った」とおっしゃってました。「例えば船が沈む時に皆浮き輪を取る。その時に金塊を取る者はいない」~と。人間は皆欲のかたまりだが最後は命を選択する・・ということでしょうか?もしそうであれば、人は皆、お金ではなくもっと素晴らしいものを、目指すべきではないか?・・・と思いました。

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