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2012年5月20日 (日)

ゆるすということ(その2)

著者は1998年に、アフリカ・ガーナの「生き方を変えるヒーリング・センター」に招かれました。センターの責任者はメアリーという女性で、小学校の先生をしていました。彼女は生徒たちに「ゆるすことが大切だ」と根気よく教え、まわりから「ゆるしの先生」というあだ名までついたそうです。著者はメアリーから次のようなお話を聞きました。

『メアリーが勤める小学校には、手に負えないほどのわんぱくな十歳の少年がいました。だれ彼かまわずケンカをふっかけ、彼が行くところ必ず何かが壊されるというありさまでした。そしてある日、ついに担任の先生のお金を盗もうとするところを、見つかってしまいました。校長先生はここぞとばかり全校集会を開く決定をしました。慣例では、全生徒の前で杖で打たれて、放校処分となるものでした。

学校の職員と生徒全員が体育館に集まりました。少年が姿を現したとき、彼をゆるそうとメアリーが立ち上がりました。そのとたん、まわりの生徒たちが飛ぶようにして立ち上がり、「ゆるそう!ゆるそう!ゆるそう!」と叫んだのです。生徒たちは叫び続け、その声は体育館全体を揺るがして響き渡りました。少年はみんなをじっと見ていましたが、やがてしゃがみ込み、すすり泣きを始めました。体育館の空気は一変しました。

結局少年は杖で打たれず、放校処分にもなりませんでした。その代わり彼はゆるされ、愛情をいっぱいもらったのです。その日以来、少年はケンカや盗み、ものを壊して迷惑をかけることなど、いっさいしなくなりました。そして一連の出来事により、校長先生もゆるされ、これまで以上に愛に満ちた雰囲気を育む学校になったのでした』

ジェラルド氏の本の中に、「正しいことより、幸せなことが大事」という言葉があります。「正しいか、間違っているか」「善か悪か」と裁くより、「どうなることが最もいいのか」を追求する・・・このお話はその意味をしっかり教えてくれました。

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