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2008年1月10日 (木)

男子の本懐

昨年のお正月は小説「本能寺」を読んで過ごしました。そして今年は、年暮れに一冊の懐かしい本を見つけました。城山三郎氏の「男子の本懐」です。20代半ばの頃、当時父親ぐらいの方から薦められましたが、その時はチラチラと眺めただけで終わっていました。

私には珍しい政治小説です。主人公は浜口雄幸総理大臣と井上準之助大蔵大臣・・・この二人が心から信頼し合い、命を賭けて、日本の改革を推し進めていく内容です。強い使命感と情熱・・・まさに男子と生まれて本懐を遂げる・・・そんな姿が随所に表れています。さらに近年のバブル崩壊から、経済の立ち直りに賭けた小泉政権と共通するところがあり、大変興味深く読みました。

大正時代、大戦景気に湧いた日本に戦後恐慌が訪れ、関東大震災がそれに拍車をかけ、昭和に入ってからも日本は慢性的な不況が続いていました。そのような状況の中で、昭和4年7月浜口内閣が誕生しました。方針の主なものは公明な政治、軍縮の促進、金の解禁(金本位制への移行)でした。

現代は管理通貨制度による変動為替相場制ですが、過去には「金」をものさしとした固定相場制(金本位制)が世界の常識でした。それによって各国経済が世界経済と安定的に結ばれていました。ところが第一次世界大戦の勃発により、先行きの不安に備え、世界各国は金の輸出禁止を行いました。当時の日本もそれにならいました。そして大戦終焉後、まずアメリカが金本位制に戻り、各国がそれに続きました。日本は準備が行き届かず、結果的に7年遅れていました。

金本位制を持たない日本は、通貨が不安定のため為替差損で倒産する、差損を恐れて事業を縮小するなど、経済がどんどん低迷していきました。この行きづまりを根本的に打開する方策が「金の解禁」でした。しかしそれは、病気の人間に例えれば特効薬ではなく、苦しみながらにがい薬を飲み続ける・・・健康体になるために、あえて不景気を乗り越えなければならない・・・といったものでした。

浜口氏は、彼自身の実直さと正義感が高く評価され、政界・財界から大衆まで広く支持されていました。よくまとまった浜口内閣は一丸となって、軍縮を初めとした国家予算の大幅削減に挑んでいきました。そして翌年の昭和5年1月に、いよいよ金の解禁が実行されたのです。しかし不運にも、アメリカを発端とする世界恐慌が起こり、世の中は大不況となり、結果的には経済失策と評されるようになっていきました。

浜口氏には常に危険がつきまとっていましたが、ついにその年の11月、東京駅でひとりの青年の銃撃を受けてしまいました。一命だけは取り留めたものの、リーダー不在の内閣は徐々にその力を失っていきました。そんな中においても、井上大蔵大臣は精力的に緊縮政治を推し進めていき、その後の若槻内閣にもそれが引き継がれていきました。しかしその井上氏もまた、昭和7年2月、演説会場で暗殺されてしまいました。

本の末尾の解説文です。「彼らの死後、軍部の横暴と圧力によって政党政治が実権を失い、日本が転落の一途をたどっていった。そのことを考えると、彼ら二人の死が、いかに近代日本に深刻な影響をもたらしたかを痛感する。ひるがえって今日の政界の実情を見ると、浜口、井上のような信念の政治家は姿を消し、場当たり的で、保身のため困難な課題を回避する姿勢が目につく。金権政治の構図が表面化し、彼らの推進した私利私欲のない潔癖政治は背後に追いやられている・・・(昭和58年発行)」と書かれています。

政治のレベルを高めたい・・・それは浜口雄幸氏の強い念願でした。政治家は国民の平均的標準ではなく、国民の理想であるべきである・・・その意味でも「強く正しく明るい政治姿勢」を、彼は本気で推進していました。現代は社会の目も厳しく、金権政治は弱まりつつありますが、彼らのように、一部の圧力にひるむことなく、グローバルな視点で信念を貫く・・・そんな政治家が多く誕生することを願うところです。

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