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2007年4月24日 (火)

栗林忠道大将に学ぶ

昨年末に当時話題になっていた「硫黄島からの手紙(クリント・イーストウッド監督、渡辺謙主演)」を観ました。15年前に山岡荘八氏の「小説・太平洋戦争・全9巻」を読んで、硫黄島の凄まじい攻防は知っていました。それで大いに期待していただけに、人間の心情表現が、割合あっさりしていて、多少残念な気持ちでした。アメリカ軍の硫黄島上陸が2月19日、そして終結が3月27日、トータル37日間の攻防です。限られた時間の映画ですべてを表すのは、確かに難しいこともわかります。

先日本屋さんで「硫黄島の死闘を指揮した名将・栗林忠道」を見つけたので、さっそく買って読みました。著者の柘植久慶氏は「まえがき」で、太平洋戦争に4人の名将を挙げておられます。「沖縄戦の牛島満中将と並ぶ名将が、この栗林大将である。二人に次いでシンガポール攻略の山下奉文大将と南京攻略の松井石根大将がいる」と。

栗林大将は陸軍士官学校を経て陸軍に入りました。37歳からの5年間、アメリカ留学~その後日本軍アメリカ在勤を経ました。硫黄島防衛の第109師団長を命じられたのは53歳のときです。彼は戦う前から、アメリカと日本の工業生産力の大きな差を、十分認識していました。武器生産量の圧倒的な格差、武器の性能の違いとその進歩の早さ(戦闘機が対空機銃では燃えない、戦車の鋼鉄の厚さは10倍違う、すべての銃が自動化されている)・・・などです。だから着任当初から「戦争は玉砕あるのみ。ただ日本兵より必ず多くのアメリカ兵を倒す。アメリカからの日本本土の空襲をできるだけ遅らせる」・・・与えられた任務はそれだけでした。異様な味の水、不十分な食料、疲れきった兵隊、兵器のレベル差、限られた量の弾薬・・・それらの資源を最大限に生かすことが最大の命題でした。安全な東京の大本営からは、「最後は大和魂で戦え!」・・・なんとも痛ましい限りです。

小さな硫黄島は400隻の軍艦に囲まれました。日本軍は海も空も敵に支配されています。アメリカの自由自在な攻撃が始まりました。敵将ホーランド・スミスは当初3日間で占領できると踏んでいたほどです。総延長18キロに及ぶ地下要塞でしたが、充分な時間も与えられず、不完全な状態で戦闘が始まりました。結果は日本軍の死傷21,000人に対し、アメリカ軍の死傷は28,000人、37日間の攻防・・・栗林大将の素晴らしい指揮の下、日本兵全員が死力を尽くして戦った「悲しくて偉大な記録」です。

30代のときにリーダーシップについて学びました。「リーダシップとは・・・与えられた環境の中で、集団を良い方向へ導く力である」と。本の中で何度も見受けられたのは、幹部の適切な人選、正確な情報収集、そして栗林大将の「すべての兵を思いやる姿」でした。「万歳突撃はするな。命を無駄にせず最後まで戦おう」という姿勢・・・人間・栗林の下に一致団結したのだと思います。組織が危機的状態に陥ったとき、どのように戦略を組み、いかに指揮をとるか・・・深く教えられた本でした。

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コメント

そうですか?中学生で山岡荘八とは凄いですね。ぼくはエジソンの伝記だったかなぁ~(^^ゞ
氏の「太平洋戦争」を読んで、真実を知りました。学校では「日本が悪者」と教えられてきましたから。
明治・大正・昭和には「素晴らしい日本人」がたくさんおられます。もっともっと知れわたるといいと思います。

投稿: 石田さんへ | 2007年4月30日 (月) 14時48分

そういえば、自分も中学生のときに山岡荘八氏の「太平洋戦争」を読んだ事を思い出しました。
しかしながら、「映画」はまだ観ていません〈汗)。

もはや戦争を語り継ぐ「先輩」達の数も減りつつありますよね。

歴史は、書物からも学べます。

どんどん学んで行きたいです。

それはそうと、「リーダー」は「自分」のことばかりを考えて満足するようではダメなんですね~。難しい課題だと思います。

投稿: 石田 | 2007年4月24日 (火) 21時56分

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