2016年3月30日 (水)

3月の終わりに・・・

あっという間に明日一日で3月も終わりです。かなり暖かい日も増えて春らしくなってきましたが、北陸の桜はまだのようですね。

3月といえば、来春の新卒リクルートが始まりました。今年も学生さんの売り手市場が一段と高まっているようです。当社は昨年までは金沢だけで活動してきましたが、今年から金沢、福井、富山の3県において活動しています。なんとかその成果は出ているような気がします。

そして今月24日には、今年の新入社員さんが入社してくれました。全員で7名です。フレッシュな彼らがそろうと、社内の空気が大きく変わります。それだけ若い彼らにはすごいパワーがあります。しっかり成長してほしいものです。

さらに26日、新しいモデルハウスの横に、北欧雑貨のお店「リンネル」がオープンしました。コンセプトは、「これまでに家をお建ていただいたオーナー様が、いつでも気軽に立ち寄れる場所をつくる」というものです。オープンして4日間・・・本当に多くのオーナー様にご来場いただきました。懐かしい方々も多かったみたいです。

これからも多忙な日が続きますが、今年もチャレンジしていきます。応援をどうぞよろしくお願いいたします。
 
 

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2016年2月11日 (木)

「3S」の素晴らしさ

またまた畑さんの講演会のことです。社内の幹部会議の席で、「一流チームの“3S”の素晴らしさ」について、講演会の写真を使いながら話をしました。そして「一流会社を目指す当社も、ぜひ“3S”を始めよう!」ということに決まりました。

「キチッと整理整頓されたロッカールームは美しい!」・・・それに習って、「スカッと整理整頓された職場は気持ちがいい!」・・・私たちはそれを目指す。「まず最初の取りかかりとして、全社共通で机の上の整理整頓から始めよう!」ということになりました。

そこで3回に分けて、私から全社員さんに「3S」の意義について説明いたしました。あとで日報をみると、「3Sの重要性がわかった」「ものを整えるということは心が整うこと」、さらには「机の上がきれいになって気持ちがいい」「頭の中もこれほど整理できるのか」などなど、多くのコメントをいただきました。

ここで以前に聴いた「故松下幸之助氏の逸話」を紹介したいと思います。

~当時松下政経塾では、月に一度、塾長の幸之助と塾生たちとの意見交換会がありました。ある日のこと・・・東大卒で一流企業に勤めるひとりの生徒から質問を受けました。「私たちはこの学校に、最先端の政治と経済を学びに来ました。それなのにどうして、毎日掃除の時間が1時間以上もあるのですか?時間がもったいないと思います」と。幸之助は彼の話をじっくりと聞き届けたあと、ひと言だけ答えたそうです。「まだわかっとらんなぁ」~

整理・整頓・掃除が、どれだけ世の中の最先端に通ずるのか・・・そのことを示した話だと思いますがいかがでしょうか?

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2016年2月10日 (水)

社員さんの日報

先月のブログに、畑喜美夫さんの講演会のことを書きました。その中で印象的なひとつに、生徒さんとの交換日記がありました。畑さんは生徒に指示命令をしません。しかし毎日全部員の日記を読み、コメントを書いておられるのです。

どの会社も同じだと思いますが、当社でも社員さん全員が日報を書いています。「自分もそれを見てコメントを書けば、畑さんと同じことができるのでは?」と考えました。当時は30名ぐらいの日報を読んでいました。全員となるとその数は2倍以上になります。「でも畑さんは100人を超える数の日記をみている。それに比べたら80人ぐらいは・・・」と考え、思い切って今月からスタートしてみました。

始めてみて10日間・・・とても多くの「気づき」がありました。当社は北陸3県に事業所が10拠点あります。私は金沢の本社を基点に動いています。月に一度、あるいはそれ以下しか会えないスタッフもいます。それでも離れた部署の人のこともよくわかる・・・これは大きな収穫でした。

さらにそれぞれの人の「気づき」「感想」「改善提案」などがたくさん書かれています。その中には、私自身が教えられること、すぐに採用したい提案などが少なくないのです。「会社のことを真剣に考え、行動してくれている社員さんのなんと多いことか」・・・日々読んでいく中で、どんどん喜びが増していきました。

そして最も大きかったことは、「経営理念の浸透」です。よく会うスタッフはいいのですが、たまにしか会えない人、必然的にその上司にも会う数が少ない訳です。それが日報を通して、日々理念に則したコメントを書ける・・・これほど価値のあることはありません。今年の5大方針の一番目:「経営理念の浸透」・・・このことが私の一番の成果です。

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2016年1月28日 (木)

「蒼穹の昴」浅田次郎

今年のお正月は、浅田次郎著の「蒼穹の昴」を読み始めました。そして先週ようやく、その全4巻を読み終えたところです。

小説は中国・清の時代、日本の明治20年頃から十数年間が舞台となっています。かの有名な西太后が長く政治の実権を握ってきました。そんな中で若き光緒帝(11代皇帝)が新たに即位しましたが、実権は相変わらず西太后にありました。当時の清国は、ヨーロッパやロシア、アメリカ、日本などの海外列強諸国の的になっていました。それに対応できうる強い清国を建設しようと、改革派は新皇帝を打ち立てて動き出します。しかし事は簡単に進まず、改革派は西太后の元に倒れていきます。

物語には二人の主人公がいます。ひとりは科挙試験(古くから中国で続いている役人登用試験)に首席で合格し、その後高級官僚の階級をどんどん上っていきました。もうひとりはその義弟であり、貧しい家庭を救うために自ら浄身して宦官となり、最終的に西太后の下に出仕できるほどに上り詰めました。元々義兄弟の二人でしたが、年月の流れの中で改革派と保守派に分かれていったのです。

架空の人物と実在の人物が入り混じった作風ですが、当時の中国が抱えていた問題は事実そのものです。過去に遡っての6代乾隆皇帝とジュゼッペ・カスティリオーネのやりとり、天津の直隷総督府の外交・軍事の最高実力者であった李鴻章が、列強諸国を相手に繰り広げた様などは、とても読み応えがありました。

この小説を読んで強く感じたのは「天命」です。通常であれば光緒帝が即位し、年齢とともにその実権を握り、時代の要請に応じて改革していくはずでした。しかし、時間の流れにつれて多くの人たちの考えが混乱し、最終的に光緒帝は離島に流され幽閉されました。まさに「天」が下した結論としか思えません。正義がいつも民から支持されるとは限らない・・・そんな思いに至りました。

今は続編にあたる「中原の虹」(浅田次郎著)を読み始めたところです。

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2016年1月17日 (日)

畑喜美夫氏講演会

高校サッカー界で話題の「畑喜美夫氏」の講演を聴きました。講演テーマは「打てば響く組織への挑戦~ボトムアップ式指導~」です。

畑氏は小学校2年生からサッカーを始め、高校は静岡県の東海大一高校へ越境入学。高校では静岡県選抜チームで国体2位、Uー17の日本代表にも選ばれました。その後順天堂大学に進学し、2年のときUー20の日本代表、4年は関東選手権、総理大臣杯、インカレの三冠に貢献しました。その後腰の怪我で現役を引退し、広島に戻って高校教諭になり、廿日市西高校を経て1996年に広島観音高校へ赴任し、サッカー部の指導を始めました。そして2005年、チームを全国高等学校サッカー選手権大会に導き、翌年全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会にて初の全国制覇を果たしました。

講演はボトムアップの話から始まりました。畑監督はとにかく自主性を重んじます。「誰もが光るものを持っている。大事なのは指導者(リーダー)であり、指導者はファシリテーターでなければならない。個々人の才能を引き出し、組織の活性化を支援できなければならない」と述べられました。

まずミッション(使命)とビジョン(未来像)を明確にして、全員のベクトルを合わせます。それからは、徹底的に「自分で考え、自分で情報を集め、自分で決断し、自分で行動する」、そんな集団を作り上げていきます。「教えない。自分で考えさせる」教育です。全体を小グループに分け、それぞれにリーダーを置き、彼らに運営を任せます。ただしリーダーはファシリテーターなので独断は許されません。全員の意見を引き出しながら意思決定していくというスタイルです。

そして特に印象深かったのが、徹底した3S(整理・整頓・清掃)でした。「3流のチームは本番に一所懸命やる。2流のチームは本番と練習に一所懸命やる。しかし1流のチームは、本番も練習も日常生活もすべてに一所懸命やる」ということです。日常生活とは、挨拶や整理整頓、ルールやマナーです。整理整頓された状態は、どの写真も美しかったです。

畑氏は最後に「よいチーム(TEAM)とは?」というお話をされました。Tはtogether:みんなが一緒に、Eはeveryone:一人ひとりが、Aはachieves:成し遂げる、Mはmiracle:奇跡・・・「一人ひとりが一緒になってチームになった時にこそ奇跡が起こる!」・・・当社も「奇跡を起こすチームになりたい!」と思いました。

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2016年1月 9日 (土)

2016謹賀新年

新年明けましておめでとうございます。今年の元旦は北陸ではめずらしく、青空ものぞく穏やかな一日となりました。そこで久しぶりに白山神社の後ろにそびえる獅子吼山に登ってみました。登山口までの道は混んでいましたが、さすがに山は私ひとりでした。体調もよくリズミカルに登ることができました。

さて、昨年は創業70年ということもあって、本当に多くのことがありました。「来年はそれほどではないだろう」と思っていたのですが、いざ方針書を創ってみると、やっぱり何かとあるものですね。社員持株制度、雑貨事業スタート、ミニクロダパーク事業、金沢不動産事業スタート、しあわせ物語の編纂(できれば出版まで)・・・などです。そして、また新たに出てくるものもきっとあるのでしょうね。

今日は仕事をスタートして7日目・・・案の定のっけからフル回転です。来週の経営会議も議題が満載、今年も愉しく面白い一年になりそうです。

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2015年12月31日 (木)

今年を振り返って

今年の12月はめっぽう忙しい月となりました。スケジュールをなんとかこなして、昨日ようやく、新年に発表する会社方針と年賀状を片付けた次第です。

1年を振り返って・・・今年は本当にいろんなことがありました。まず3月に本社を加賀から金沢に移転しました。そして創業70周年記念誌の発刊し、5月31日には念願の記念事業を開催することができました。9月には2棟のモデルハウスをオープン。そして10月には、新10年ビジョンと20年ビジョンを発表し、現在に至っています。

また事業としてもまさに節目の年になりました。まず50年間続けてきた公共工事の撤退から始まりました。それに代わる事業として、住宅と不動産をミックスした事業、すなわち「住まいのトータルクリエーター」として、新たなスタートを切った訳です。

ドメイン(事業領域)を「住まい」に定めると、逆に視野が広がっていくものです。現在もいくつかの構想が生まれつつあります。新10年ビジョンを最終目標に、どれをどのように進めていくかが課題となってきます。限られた経営資源を最大限に活用して・・・これから経営の根幹が試されていくのでしょう。

まずは2016年を、今年以上に素晴らしい年にしていきます。

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2015年12月 3日 (木)

アメリカ住宅不動産ツアー

先月の中旬から下旬にかけて、「アメリカ住宅不動産ツアー」に参加しました。全行程4日間のうち、前半の2日間はメキシコ国境近くのサンディエゴ、後半の2日間はカナダ国境近くのシアトル、つまりアメリカ西海岸の南端と北端を回った訳です。

サンディエゴでは全米不動産大会が行われていました。大会ブース、式典、パーティーと長時間にわたりました。アメリカ全土から、そして海外からも不動産関係者が集まっていました。アメリカでは不動産の最前線で働いている人の85%が女性なんだそうです。高齢の方もたくさんおられましたが、みなさんが元気でパワフルでした。

3日目は一路シアトルへ・・・南国の空から北陸の空を思わせる天候に一転しました。シアトルの街はとても綺麗です。人口や経済など、全米で成長率NO1の都市だそうです。世界的な大企業が集まってきています。そして子供を教育したい一番の都市なんだそうです。不動産業界では、中古住宅がどんどん値上がりしているという話でした。

アメリカの不動産業界は、情報公開が世界一進んでいます。会社組織もありますが、一人ひとり独立している人も多いのです。彼らはひとつのビルに入り、部屋やワークスペースを借りています。会議室や食堂、秘書業務などは共有です。そして時には単独で、時にはチームで仕事をしています。情報がオープンな中で、彼らは明るくエネルギッシュに仕事をしていました。

現在のアメリカの人口は3億4000万人です。30年前は、日本の人口が1億2000万人で、アメリカの人口は2億4000万人、ちょうど日本の倍でした。その後日本はほとんど増えていませんが、アメリカは1億人増加しています。海外からの移民を受け入れているからです。そのための問題も少なくないですが、文明の発達や経済の成長には目を見張るものがあります。

昨年はアトランタとニューヨークの東海岸を回り、今年は西海岸を巡りました。来年からも毎年、アメリカを観たいものです。

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2015年11月 1日 (日)

世界を変える「SHIEN学」

一昨日、「成果を生み出すチームビルディング」というタイトルに惹かれ、「SHIENセミナー」というものに参加しました。講師の舘岡康雄氏は、ゴーン氏と共に日産の改革(ニッサンウェイ)を実践された方で、現在は静岡大学大学院の教授をされています。

力のある者が弱い人たちを助けることを「支援」と言います。「SHIEN」は、すべての人がお互いに助け・助けられ、相互の力を引き出し合う対等な関係なんだそうです。SHIENは今まで「絶対に解決できない」と思われていた問題を、思いもよらない形で解決し、そのステージをも変えるというものです。まさに「ニッサンウェイ」はその連続だったそうです。

舘岡氏は、「今まさに新しい時代が来ている。だからパラダイム(見方・考え方)をシフト(移行する)させなければならない。これまではリザルトパラダイム(仕事と仕組みと成果主義)が一般的だった。しかしこれからはプロセスパラダイム(人とつながりの共働主義)に変えなければならない。そしてさらにコーズパラダイム(お互いに答えが生まれ出てくる)にまで持っていくことだ」と言われます。

受講しての感想は「なるほど・・・」でした。100%腑に落ちた訳ではないですが、最近なにか時代に乗り切れていない感じがありました。「そうか!パラダイムがずれていたのか?それじゃあパラダイムをシフトチェンジすればいいのか!」と思えただけで、今回は十分でした。これからいよいよ中身に入っていきますが、今からワクワク!楽しみ!です。

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2015年10月25日 (日)

オンリーワン経営セミナー

昨日、日創研・福井経営研究会主催の「オンリーワン経営セミナー」に参加しました。講師は日本創造教育研究所の古永泰夫氏で、これまで氏の開催するセミナーには何度も参加しています。常に時代の変化を踏まえ、最先端の情報やビジネスのヒントをいただけます。

「オンリーワン経営」を講師の言葉で言うと、「顧客のために他社にはできない独創の価値を提供し続ける」というものです。「そのためには“守・破・離”の考え方が重要。守:基本の型を徹底して学ぶ。破:改良・改善を重ね、応用の型をつくる。離:応用から独創の型へ持っていく。基本なくして応用なし。応用なくして独創なし」と説明されました。

そして講義は「オンリーワン経営の7つの型」へと続きました。1.独自技術開発型、2.商品コンセプトユニーク型、3.独自サービス創造型、4.ネットワーク創造型、5.独自システム創造型、6.基本徹底型、7.融合創造型です。以上7つについて具体的な企業を紹介し、詳しい説明をいただきました。

その中で、ある製造メーカーの考え方に共感しました。当社にもピッタリはまります。最後にその言葉を紹介します。「①工場は最高のショールーム。②お客様は最高の営業マン。③社員は最高の商品」

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2015年10月21日 (水)

当社のバリアフリー

当社のモデルハウスに来られるお客様は、みなさんが「バリアフリー」という言葉をご存じです。そして共通して「段差のない床や階段の手すりのこと」と理解されています。辞書で「バリアフリー」を調べると、確かに「障害者や高齢者の生活に不便な障害を取り除こうという考え方。道や床の段差をなくしたり、階段の代わりにゆるやかな坂道をつくる」となっています。

そもそも「バリア」とは障壁、防壁、障害物という意味です。「フリー」はそれらがない、つまり「バリアがない」と理解できます。実は当社では段差の他に、もっと大事な「バリアフリー」の考え方をしています。

ひとつは「温度のバリアフリー」です。これまでの家は、冬なら暖かくする部屋としない部分に分かれています。玄関や廊下を暖房している家はほとんどありません。最近では、トイレや脱衣場に暖房を付ける方がたまにおられます。当社の家は外回りすべてを断熱構造にしていますので、家の中はどの場所も温度が一定です。部屋のドアを閉めていても、温度は均質になる構造にしてあります。家の温度をバリアフリー化することで、ヒートショックという病気を未然に防止することができます。

そして私が最も大切にしたいのは、「コミュニケーションのバリアフリー」です。当社のお客様に「家を新築して一番よかったことは、自分の両親と子供のコミュニケーションがとても増えたことです」というお話を伺いました。夏でも冬でも家の温度が均質なので、ほとんどの方は普段ドアを開け放しています。ですから子供さんが学校から帰って来ると、おじいちゃんやおばあちゃんは声をかけますし、そこからいろんな会話が始まります。それで「家族が一段と仲良くなった。子供がテレビをみる時間も少なくなった」ということも話されていました。

温度のバリアフリーによってコミュニケーションのバリアフリーが生まれるって素晴らしいことですよね。身体の健康と心の健康・・・これが本当の「健康住宅」と言えると思うのですがいかがでしょうか?

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2015年10月20日 (火)

ビジネス・フォー・ピース

国連で「ビジネス・フォー・ピース」というテーマが、話題に上ったことを聞きました。「仕事の繁栄は平和につながる。仕事のない国には兵士が行く・・・」、まさに「貧しいから侵略や略奪が起こる、争いになる、戦争になる・・・」というものです。

私はこの話を聞いたとき「松下幸之助氏の話」を思い出しました。昔、ある人が幸之助に「豊かな国とはいったいどんな国でしょうか?」と尋ねました。幸之助はしばらく考えてから、「そうやなあ。豊かな国とはいろんなことが仕事になる国や」と答えたそうです。幸之助さんがいつこれを言われたかわかりませんが、今から相当昔のことだと思います。

私が社会に出てから約36年・・・今ではその当時にはなかった仕事がたくさんあります。さらに都会だけではなく、自分たちの身近にもかなりあるように思います。また考えてみると「仕事」というものは、たくさんの力を持っているものです。仕事をする人もそれを受ける人も、みんながそれによって豊かになり幸せになるのです。

これからの時代は「ダイバシティ:女性の社会進出による多様性」が期待されています。おそらくいろんな仕事において、多様化と統合が繰り返され、また新たな仕事が生まれてくることでしょう。当社の100周年・・・今から30年後ですが、果たしてどんなビジネスが生まれているのでしょうか。考えるだけでもワクワクします。

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2015年10月18日 (日)

7年越しのスウェーデンハウス

先日富山である地鎮祭が行われました。施主のご夫婦は、実は7年前にスウェーデンハウスを訪れていました。お二人はモデルハウスを見てすっかり気に入って下さいましたが、当時の二人には厳しく、担当者は「もう少し収入が上がってから、もう一度お越しください」と言ってお見送りしたそうです。

そして7年後のある日、そのご夫婦がモデルハウスに来られたのです。「やっとスウェーデンハウスを建てられるようになりました!」・・・まるで子供が親と約束を果たしたかのように、笑顔で元気に話されました。

「他の家はほとんど見ていません。どこに建てようか?どんな家にしようか?ということばかり考えて準備してきました。そして気に入った土地が見つかり、本格的に家づくりに取りかかろうと、今日おじゃましました!」

なんと美しいお話でしょうか?お二人は憧れのスウェーデンハウスを日々夢見て、そしていよいよ、夢の実現に向けて動き出されたのです。お二人の家の考え方やこだわりは明確でした。設計図をみるとその様子がよく伝わります。平面プランの動線だけでなく、外観デザインやその色使いまでとても素敵なのです。

「たくさんの思いが詰まった家」・・・きっとこれからの多くのお客様の参考になると思います。私も来春の完成が楽しみになり、とても気持ちがいい地鎮祭となりました。

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2015年10月11日 (日)

スウェーデンハウスのクリニック

全国にはスウェーデンハウスのクリニックがあります。当社がスウェーデンハウス事業を始めて17年・・・記念すべき1棟目のクリニックが金沢に誕生します。昨日その地鎮祭が開催されました。

開業される先生は、約10年前に自宅をスウェーデンハウスで建てていただきました。建物の素晴らしさは10年間住んで十分にご存知です。しかしスウェーデンハウスでは予算的に難しいだろうと考えておられました。それで当社の担当者には、近況報告のつもりで話されたようです。

当社にとっては大変ありがたいお話です。「会社として頑張るだけ頑張ってみよう」ということになり、見積もりの土俵に上げていただきました。その結果「スウェーデンハウスでも行ける」ということになって、この度の契約~着工と至った訳です。

先生が「内科クリニック」として最も重視されているのは「快適性能」・・・すなわち、きれいな空気、癒される空気感、温度差のない室内、そして静かな環境です。まさにスウェーデンハウスの出番!実力の発揮どころ!です。

外観は、住宅と一風変わった素敵なデザインになります。またそこでずっと働かれる先生と看護師さん、治療に来られる患者さん・・・すべてのみなさんにとって、どの部屋も暖かくて優しい環境ができ上がります。「いつ行っても居心地のいいクリニック」と評判になると嬉しいですね。完成は来年春の予定です。

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2015年10月 8日 (木)

私の夢

小学校の頃の私の夢は、「NHKの特派員になる!」ことでした。当時テレビで「NHK特派員報告」というドキュメンタリー番組があり、私は毎週その番組に見入っていました。世界中の映像が流れ、大自然あり、歴史あり、かたや戦争があったりと、子供ながらにその魅力にとりつかれました。

そのせいか、普通なら漫画を読む年頃に、私はよく「地図帳」を観ていました。日本地図や世界地図、さらには各地の気候や産業の統計など、同じところを何回も眺めていたのです。ですから何も見なくても地図を描けましたし、国名や国旗、その国の首都や都市、県名や県庁所在地、主要市町村など、人口も含めて覚えていたものです。

石油や鉄鉱石などの地下資源の産出量、農業製品や工業製品の生産量、国別の国民所得など産業統計が特に好きでした。当時の日本は、造船が世界第一位で自動車は第二位だったと記憶しています。しかしすべての地下資源が乏しく、小学生ながら悔しい思いをしていたものです。

その後高校から大学へと進むにつれ、特派員の夢も忘れ家業を継ぐ意思を固めていきました。この45年間に、日本も世界も大きく変わりました。(独立)国の数は当時の1.5倍ぐらいになったでしょうか。知らない国名を耳にすることもよくあります。各国の産業順位も、まったく変わってしまいました。

まさに激動のグローバル社会です。現在は「NHKスペシャル」という番組になりました。内容も毎回充実しています。大人になってあの頃の自分をふり返っています。

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